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月島》森一族の願いがこもった『森稲荷神社(もりいなりじんじゃ)』。300年以上前から佃島を見守り続けている神社の一つです。

2014/11/22  

佃小橋(つくだこはし)のそばに建てられている、森稲荷神社。
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1645年(正保元年)に摂津より移り住んだ森一族の邸宅内に、森孫右衛門(もりまごえもん)を筆頭に建てられた神社です。島の発展と島民の安泰を祈願し、稲荷を祀ったとされています。

この神社を管理しているという、『佃住吉講(つくだすみよしこう)』。
住吉神社の祭礼や各種行事を運営している団体で、当時移住してきた漁師たちに代わって祭りを引き継いだ団体です。
今でも使われている、本祭りで使用する大幟(おおのぼり)の柱の保存方法・建て方・綱の結び方はかつての漁師たちから継承されている知恵だそうです。
立て看板_r

大幟の柱(祭りのシンボルである旗をあげるための柱のこと)や抱木(だき)は空気に触れると木が腐ってしまうため、3年間堀の底に埋めて保存されています。本祭りの年に掘り起こされ、それが終わるとまた3年間ここに埋められます。
柱_r

現在に至るまで森一族に代わり住吉講がお祭りを執り行っています。

森一族を始めとする漁師たちは、もともと大阪の佃(つくだ)を拠点としていましたが、徳川家康が江戸入りする際に同行し、この地に来ました。

彼らは「佃煮(つくだに)」を発明したとか、白魚(しらうお)を献上していた、つまり特権を与えられた漁師だったと言われています。

「佃煮」、量産可能・保存可能・栄養豊富・簡単にいつでも食べられる…といった理由から、保存食として食べられていました。
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これは近くにある『佃源 田中屋』さんで購入したあさり(左)と葉唐辛子(右)の佃煮です。ほぼお隣に、もう一軒天安本店さんという佃煮屋さんがありますが、どちらも昔から変わらない味を楽しむことができます。

そんな佃煮ですが、当時実は軍用食として用いられていたという一面も。

特権を与えられていた漁師というのは、あくまでも表向きの顔で、実際には江戸湾の警護にあたらせるほどの徳川の重要な戦力だったんです。軍船を漁船に仕立てて海上偵察を行うこともあったそうですよ!

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彼らの心に寄り添っていたであろう森稲荷神社。
願いが届いたのでしょうか、幕府に献上する以外の魚を売っていたのが魚河岸の始まりとされ、佃島からそう遠くない築地にて商売の礎を築くに至りました。

その築地にある「築地本願寺」に、森孫衛門は眠っています。自らが故郷を偲びながら切り開いた佃島を、どのような思いで見守っているのでしょうか。

そんなことに思いを馳せながら、あの新旧入り交じった街をゆったり歩いてみるのもいいかもしれません。

森稲荷神社
住所〒104-0051 東京都中央区佃1-4-4
駅・アクセス東京メトロ有楽町線 、都営大江戸線 月島駅 徒歩3分

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