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両国》納涼、花火、舟遊び…。錦絵にある「両国橋(りょうごくばし)」は江戸一番の繁華の中心でした。

2014/12/09  

JR両国駅の西口を出て、「国技館通り(こくぎかんどおり)」を南へ向います。「京葉道路」に出たら「隅田川」の方向に向かいます。駅から歩くこと5分ほどで「両国橋(りょうごくばし)」に着きます。

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江戸時代。ここに「両国橋」が架かるまで、隅田川に架かる橋は、江戸を外敵から守る理由から上流の千住大橋のみでした。しかし、1657年(明暦3年)に起った「明暦の大火」と呼ばれる大規模な火災で、逃げ場を失った江戸の住民10万人ほどが焼死し、江戸のほぼ全域、江戸城の天守閣まで焼失してしまったのを機に、橋をかけることになりました。

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その「両国橋」が最初に架けられたのは1659年(万治2年)です。「浅草川大橋」として架けられた橋が、隅田川を挟み「武蔵の国」と「下総の国」の両方の国を結ぶことから『両国橋』と名付けられました。以来、この界隈は眺めも良く、納涼の場として、花火見物の中心として、江戸で一番賑わう場所となりました。橋は人でごった返し、両岸の広小路には沢山の店が軒を連ねる様子が浮世絵などにも描かれています。

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「両国橋」は幾度の洪水や火災で、架け替えられてきました。現在の橋は関東大震災後の復興事業の一環として1932年(昭和7年)に架けられました。

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この橋の構造は「3径間ゲルバー式鋼鈑桁橋」です。ゲルバー式とは、連続した橋の桁の支点にヒンジを入れて、橋を安定させる構造です。橋には、写真の円形状のデッキが4箇所ありますが、ヒンジのある桁の支点は、ちょうどこの下あたりにあるのでしょう。完成当時には技術的にも最先端で「言問橋」、大阪「天満橋」とともに「三大ゲルバー橋」と呼ばれました。

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車道と歩道の間のガードレールは、相撲の行司が持つ軍配(ぐんぱい)や、花火、両国国技館などのレリーフで飾るなど、意匠を凝らしています。2008年(平成20年)、「言問橋」とともに東京都選定歴史的建造物に選ばれています。

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両国側から隅田川をはさんで小さな「柳橋(やなぎばし)」が見えます。

納涼、花火、舟遊び…。
江戸一番の繁華の中心「両国橋」。
当時の錦絵にある賑やかさを思い浮かべ、
隅田川テラスのそぞろ歩きも楽しいものです。

両国橋(りょうごくばし)
住所〒103-0004 東京都中央区東日本橋2丁目 靖国通り
駅・アクセスJR総武線 両国駅 徒歩5分


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