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仲御徒町》戦国を生き抜いた満身創痍(まんしんそうい)の大男、藤堂高虎(とうどうたかとら)には通れるかなぁ?「桜稲荷神社」の一の鳥居。

2015/02/19  

東京メトロ 日比谷線 仲御徒町駅から徒歩4分の台東一丁目の交差点を左折し、蔵前橋通り沿いの左側を東に向かって進むと、ひとつ目の信号を過ぎた辺りに、人が一人通れる程度の間口の狭い鳥居が見えてきます。
この鳥居の奥に「桜稲荷神社(さくらいなりじんじゃ)」があります。

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元々は、江戸幕府が開かれた頃、外様大名・藤堂高虎の屋敷内の屋敷稲荷だった「桜稲荷神社」。1923年(大正12年)の関東大震災の後、荒れ放題で放置された社を岡本悟一氏が世話人となり、今の地に移したのだそう。

藤堂高虎は、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名でした。いろいろな逸話はありますが、有名な話のひとつは、その体格です。この時代の男性の平均身長は、5.1尺(約155cm)程度であったと言われていますが、なんと6尺2寸(約190cm)、体重30貫(約112.5kg)もあったそうです。戦国時代の甲冑(かっちゅう)は、約7貫(約26kg)ほどとされていますので、甲冑を身に着けた姿は、更なる大男となり、迫力もあったのではないかと思います。

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そんな藤堂高虎では、通れないかもしれないのが、この鳥居。ビルの合間に現れる鳥居は、本当に狭いです。甲冑姿では、通れそうにありません。

ただでさえ大男の高虎の兜は、津城跡(三重県津市)の「藤堂高虎の騎馬像」でも 見られるように、唐の官人がかぶる冠を模した変わった兜で、トンボの羽のような、兎の耳のような長いものが兜の両側に張り出していました。鳥居に兜が引っかかる姿を想像してしまいます。

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神社は南向きですが、ビルの合間なので、時間によっては少々薄暗いですね。 鳥居から除いてみると、提灯がいくつか取付けられています。

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ちなみに、夜は、提灯に明かりが灯ると、こんな感じ。

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綺麗に手入れされている印象。二の鳥居の朱色も映えます。
ご祭神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)には、 生産(商売繁盛)や五穀豊穣(ごこくほうじょう)をお願いします。

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「桜稲荷神社縁起」には、この地に遷座した経緯が書かれています。

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なかなか凛々しい狐様。
狐様の抱えているものは「玉鍵信仰(たまかぎしんこう)」に由来します。

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向かって左側の狐様の持つ「玉(宝珠)」は、霊力を表しています。

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右側の狐様の持つ「鍵」は、その霊力を引き出すカギを表しているのだそうです。

築城の名手としても有名な藤堂高虎。全国で20余の築城に関わりました。 石垣と堀に特徴があり、その築城術は、豊臣秀吉や徳川家康からも高評価だったそうです。 家康の遺言により、高虎の上野の敷地内には、今も残る上野東照宮を創建しました。 そんな藤堂高虎の屋敷内にあったお稲荷さんだったからこそ、 この街の人たちに大切にされているのかもしれません。

桜稲荷神社
住所東京都台東区台東2-6
駅・アクセス東京メトロ 日比谷線 仲御徒町駅 徒歩6分

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