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清澄白河》堪忍袋(かんにんぶくろ)にあれこれ詰め込んで遊行(ゆぎょう)。布袋尊(ほていそん)を奉る(たてまつる)「深川稲荷神社(ふかがわいなりじんじゃ)」。

2015/07/23  

都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河駅(きよすみしらかわえき)」A1出口から地上へ。小名木川(おなぎがわ)に背を向けて、すぐ右手の通りに入ります。2本目の路地を左へ折れると、少し先に「深川稲荷神社(ふかがわいなりじんじゃ)」が見えます。

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石造の明神鳥居(みょうじんとりい)に、龍をあしらった神額(しんがく)。あたりは住宅ですが、南向き角地に建つ神社はよく陽があたり、とても晴れやか。一の鳥居と二の鳥居、社務所と本殿が寄り合って並ぶ、小さい神社です。

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江東区・墨田区をまたぐ深川は、そもそも小島が点々とする河川でした。

摂津国(せっつのくに)の深川八郎右衛門(ふかがわはちろうえもん)が開拓工事を行ったのは1596年(慶長元年)のことで、それまではこれといった地名もなかったようです。

同じ年、巡視に訪れた徳川家康は地名がないことを知り、開拓に尽力した八郎右衛門の姓を地名にするよう命じたといいます。

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深川稲荷神社の設立は、八郎右衛門による開拓から約30年経った1630年(寛永7年)。以後、今日まで続く歴史ある神社です。

祭神は宇賀魂命(うがたまのみこと)。旧町名が深川西大工町だったことから西大稲荷とも呼ばれます。

下町情緒あふれる深川ですが、関東大震災後の区画整理により、町並みは整然としています。神社周辺の地図は碁盤の目のようで、下町によく見られる狭い路地はあまりないみたいです。

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深川稲荷神社が奉る布袋尊(ほていそん)は中国の禅僧がモデル。実の名前を釈契此(しゃくかいし)といい、人の吉凶を予見する力があったそうです。

また、弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身(けしん)ともされ、「降りしきる雪の中でも、布袋尊は体が濡れなかった」という話しがよく知られています。

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太鼓腹に、楽しげな笑顔。抱えている大きな袋は ”堪忍袋(かんにんぶくろ)” と呼ばれ、布袋尊の大らかさを表しています。

食べ物を貰いながら各地を旅し、子どもと遊ぶ。悠々自適な生き方は人々に受け入れられ、のちに「七福神」の1人となりました。

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「七福神」は、幸福をもたらす7人の神様たち。
ヒンズー教・仏教・道教(どうきょう)・神道(しんとう)など、出自はさまざまですが、日本生まれの神様は「恵比寿天(えびすてん)」だけ。あとはインドと中国から来た神様たちです。

はじめは2人しかいなかったようで、室町時代に恵比寿天・大黒天(だいこくてん)を一対で「福の神」として奉ったのが起源だとか。

今のような七福神になったのは江戸時代中頃だそうです。

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七福神にあやかり福を授かりたい、という町人は少しずつ増え、天明年間には七福神巡りが江戸の風習として定着しました。

めでたいことが大好きな江戸っ子にとって、七福神巡りはレジャー感覚。江戸を中心に大流行したようで、今でも全国各地にコースが残っています。

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戦災のため一時期はなくなった深川の七福神巡りですが、1970年(昭和45年)に復活。コースは約5kmで、3つの神社と4つのお寺を巡ります。

恵比寿・・・富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)
弁財天(べんざいてん)・・・冬木弁天堂(ふゆきべんてんどう)
福禄寿(ふくろくじゅ)・・・心行寺(しんぎょうじ)
大黒天・・・円珠院(えんじゅいん)
毘沙門天(びしゃもんてん)・・・龍光院(りゅうこういん)
寿老人(じゅろうじん)・・・深川神明宮(ふかがわしんめいぐう)
布袋尊・・・深川稲荷神社(ふかがわいなりじんじゃ)

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お参りする順番に決まりはないようですが、北側の深川神明宮、もしくは南側の富岡八幡宮から巡るとスムーズでしょう。

道中は史跡旧跡や社寺が多く、移動中も楽しめますよ。

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全国各地に点在する七福神ですが、下町にも触れられる深川七福神はとても人気。
正月には列をなす参拝客が境内から溢れるそうです。

布袋尊は浮浪者のような出で立ちであったといいますが、無欲恬淡(むよくてんたん)として大らかな人柄は、禅僧をはじめ出会った人々に親しまれたことでしょう。

七福神となった布袋尊に福徳円満(ふくとくえんまん)を祈願しつつも、無邪気で無欲な心を見習いたいなぁ、と思うのでした。

深川稲荷神社
住所〒135-0024 東京都江東区清澄2-12-12
駅・アクセス都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線 清澄白河駅 徒歩3分
電話番号03-3641-8059


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