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茅場町》「西に富士、北に筑波、南に箱根、東に安房上総」。江戸より続く木橋から鉄橋へ、帝都の門「永代橋(えいたいばし)」から望む八百八町は超高層ビル群へ。

2015/11/18  

東京メトロ日比谷線・東西線 茅場町駅の4b出入口から、永代通りを隅田川方面に向かってしばらく歩くと「永代橋(えいたいばし)」に到着します。

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「永代橋」は西岸の中央区新川と東岸の江東区深川永代を結ぶ広幅員の橋で、時間帯によって中央線が変わる “リバーシブルレーン” によって渋滞緩和を図っています。

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永代橋の下を流れる隅田川は東京都東部 7つの区を南北に流れる全長約23.5kmの川で、鉄道橋を含めると30以上の橋が架かっていますが、そのうち6本は関東大震災後の復興事業により架けられたものです。

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橋長約185m・幅員約25m、3スパンのカンチレバー式。橋脚と橋台はRC造で、日本では初のスパン100m超えの橋です。また、現存する最古のタイドアーチ橋でもあり、アーチ下部の引張材には川崎造船所兵庫工場で作られたデュコール鋼が使われています。戦後から技術革新が進んだ “ニューマチックケーソン工法” が初めて採用された建造物として「清洲橋(きよすばし)」「言間橋(ことといばし)」とともに、近代的な橋梁美を演出しています。

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このように、日本の技術力の結晶ともいえる永代橋ですが、架橋に至るまで二度にわたって架け直されています。

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もともとは、江戸幕府の第5代将軍 徳川綱吉(とくがわつなよし)の50歳を祝し1698年(元禄11年)8月に創架、そのときの木材には寛永寺(かんえいじ)本堂の余材が使われたそうです。「千住大橋」「両国橋」「新大橋」に続き、隅田川で4番目の橋として架けられましたが、切絵図を見ると、現在の位置よりも上流、「深川の渡し」という渡舟場(とせんば)にあったことが分かります。見晴らしの良さから江戸っ子に人気があり、浮世絵にもよく描かれたようです。

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永代橋にはいくつかの逸話がありますが、1702年(元禄15年)に吉良上野介(きらよしひさ)を討ち取った赤穂浪士(あかほろうし)ら47人が橋を渡り、亡君の眠る泉岳寺(せんかくじ)に向ったというエピソードが特に有名です。また、維持にかかる費用の問題をかかえており、1726年(享保11年)からは橋の存続を希望する町民によって管理されるようになりました。2文の通行料での運営を試みましたが、それだけでは補修が行き届かず、永代橋の老朽化は少しずつ進んでいくことになります。

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架橋からおよそ100年が経った1807年(文化4年)8月19日、永代橋は日本最大の落橋事故を起こします。降り続く雨がようやく上がり、延期になっていた深川富岡八幡宮(ふかがわとみおかはちまんぐう)の祭礼が執り行われると、橋の東西から庶民が殺到。詰め掛けた群衆の重さに耐え切れず、橋はお昼過ぎに崩落します。その後も押し寄せる人びとが次々と落下し大惨事になってしまったのです。

当時の様子は、三遊亭圓生(さんらくていえんしょう)の落語「永代橋」や、河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)の「八幡祭小望月賑(はちまんまつりよみやのにぎわい)」、大田南畝(おおたなんぼ)の狂歌により語り継がれています。

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明治期の永代橋 ※「写真の中の明治・大正」

木橋は丈夫でなかったため、永代橋は事故後も流失や落橋を繰り返したようです。その度に修理されてきましたが、1897年(明治30年)にとうとう鉄橋に生まれ変わり、現在の場所に架け替えられることになりました。

しかし、この鉄橋も一部が木造だったために、関東大震災の際、近隣からの延焼により炎上します。

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震災当時はほとんどの橋に木材が使われていたため、橋が焼失し退路が断たれる事態となりました。そのため再架橋に際しては耐震・耐火を考慮しつつ、1926年(大正15年)に震災復興事業の第1号として現在の橋が完成しました。

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ダイナミックなフォルムは、ドイツのライン川でレマーゲンとエルベルを結んでいた「ルーデンドルフ橋」を参考にしたそうで、東京大空襲でも燃えることなく、現在に至ります。2007年(平成19年)には清洲橋、勝鬨橋(かちどきばし)の2橋とともに国の重要文化財に登録されました。

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なお、永代橋と清洲橋は震災復興のシンボルと称されますが、“女性美” を思わせるしなやかな曲線が特徴の清洲橋に対して、永代橋は筋骨隆々とした “男性的” なデザインだと言われています。また、夜には永代橋は青く、清洲橋は赤くライトアップされたりと、対照的な2つの橋ですが、両橋とも「帝都の門」にふさわしい名橋であることに違いはありません。

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江戸期の橋上からの眺めについては、
「此橋勝れて高く、西に富士、北に筑波、南に箱根、東に安房上総、限りなく見え渡り眺望よし」
と詠われるほどに美しかったようです。

現代では上流に東京スカイツリーを、かつての佃島方面にリバーシティ21と呼ばれる高層ビル群を見渡すことができます。

様変わりした景観を眺めつつ、橋を渡る赤穂浪士四十七士の姿、また活気溢れる江戸の町並みに思いを馳せるのもいいかもしれません。

永代橋
住所〒104-0033 東京都中央区新川1丁目
駅・アクセス東京メトロ日比谷線・東西線 茅場町駅 徒歩10分


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