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赤坂》花街の黒塀。かつての赤坂への懐古をこめたカステラ菓子「粋な黒べい」を老舗和菓子屋「赤坂青野(あかさかあおの)」で。

2016/02/12  

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東京メトロ千代田線「赤坂駅」7番出口を出て、TBS放送センターを右手に見ながら5分ほど道なりに進むと、右に和菓子屋「赤坂青野(あかさかあおの)」赤坂本店が見えてきます。

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赤坂の都会的な街並みに似合う高層ビルの一階に、なびく白いのれん。1899年(明治32年)の創業から続く老舗の風情を感じさせる「赤坂青野」の顔です。元は神田、そして五反田で飴などの駄菓子を扱う店を開いていたのが、明治になって赤坂の街が発展し始めたのを機に、この地にのれんをかかげました。

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明治時代、現在の東京ミッドダウンやTBSが兵舎だったように、赤坂は軍人の街でした。そのため、特に1894年(明治27年)の日清戦争、1904年(明治37年)の日露戦争によって軍需景気が一気に盛り上がるのと同時に、赤坂には多くの料亭が並び、花街として栄えました。

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大福やぼたもちなどのもち菓子屋としてはじまった「赤坂青野」の看板商品は、ビルの上にも掲げられている「赤坂もち」です。

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上品な風合いの小風呂敷は、2003年(平成13年)に文化勲章を受章した日本画家、加山又造氏のデザインです。小風呂敷をほどいて広げ、そこへパックのなかのきな粉ともちを取り出し、からめながらいただきます。このようなスタイルは赤坂青野の3代目の鑑次郎氏が日本で初めて開発したそうです。

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とろりと伸びのいい琥珀色の餅には、くるみと黒糖が練りこまれています。口の中で名残惜しいほどすっと溶けていく、なめらかな舌触り。くるみときな粉の香ばしさが鼻をぬけて、最後に甘みがふわっとのこります。黒蜜をかけて食べる一般的なきな粉餅のようにきな粉がダマになることも、黒蜜の強い甘みにきな粉の風味が負けてしまうこともなく、その香ばしさを最高の状態で味わえます。

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同じく黒糖をつかった餅菓子、丸筒に感謝状とともに一口サイズの小さな大福が入っている「感謝の喜もち」は贈り物にぴったりのお菓子です。もちと餡の両方に練りこまれた黒砂糖のこくのある甘みと、表面にまぶされた真っ白な和三盆糖のあっさりした甘みが混ざり合い、口いっぱいにとけていきます。

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軍人の街だった赤坂。しかし1945年(昭和20年)の太平洋戦争終結、そして1950年代後半の高度経済成長期と時代を経て、こんどは政治家や実業家たちが接待の場として赤坂の高級料亭街に足を運ぶようになりました。

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昭和の映画スターたちも通い、料亭での食事の後、芸妓を連れてナイトクラブやディスコに通うのが流行りました。1980年代後半から始まったバブル景気も追い風になり、最盛期には料亭は60店、芸妓は400人にも及んだといいます。

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高級料亭の代名詞といえば、黒塀。渋柿に灰や炭を溶いた塗料で塗られた黒塀は、夜の街の灯りに照らされ奥深い漆黒の色を映し出す、料亭や花街でよく見られる日本の伝統的な建築様式です。

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しかし、1990年代前半のバブル崩壊を機に、それ以降時代の流れとともに赤坂の高級料亭はすっかり数を減らし、今ではほとんど見かけなくなってしまいました。

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赤坂青野の「粋な黒べい」は、そんな赤坂の全盛期の面影を和菓子に残したものです。黒くシックなパッケージデザインも、「黒塀」をモチーフにデザインされているそう。

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棒状の「黒べい」の中身は、くるみと黒糖が入ったやわらかなカステラが、グラニュー糖をまとった羊羹でうすく包まれています。カステラのふわふわ感と、グラニュー糖のしゃりしゃり感のコントラストが楽しいお菓子です。

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近年、東京ミッドタウンや赤坂サカスなど、新しい大型商業施設が作られ、また六本木も近いため外国人が多く訪れるようになり、赤坂はまた新たな変化の時代を迎えています。目まぐるしく変化する赤坂の街を100年以上見つめてきた赤坂青野のお菓子には、人をもてなす地であった赤坂の面影とその誇りを感じます。

赤坂青野 本店
住所〒107-0052 東京都港区赤坂7丁目11−9 赤坂三基ビル 3F
駅・アクセス東京メトロ千代田線 赤坂駅 徒歩5分
営業時間月~金 9:00~19:00
 土  9:00~18:00
定休日日曜日、祝祭日
Webhttp://akasaka-aono.com/shops/honte.html
電話番号03-3585-0002


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