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北参道》1964年(昭和39年)、東京オリンピックの開催された年に竣工。半世紀を越えても色褪せない、昭和のデザイナーズマンション「ビラ・ビアンカ」。

2016/05/23  

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古川橋から夢の島まで、東京都心をぐるっと廻る明治通り。この環状線を東京メトロ副都心線「北参道駅」から南下、またはJR山手線「原宿駅」から北上します。

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高層オフィスビルや流行のショップが林立する明治通りですが、両駅の中間地点にはひと際目を引く集合住宅「ビラ・ビアンカ」があります。

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坂倉建築研究所や、著名な建築家によって設計された “ビラ・シリーズ” の第一号で、構造はSRC造、地下2階・地上7階建ての中規模マンションです。

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竣工は東京オリンピックの開催された1964年(昭和39年)。当時の日本としては初の都市居住型集合住宅で、デベロッパーの興和商事(こうわしょうじ)を中心に、設計は若手の気鋭・堀田英二氏、施行は大成建設によって行われました。

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下から見上げると、まるで積み木のように構築されたユニットを、井桁状(いげたじょう)の梁で支えているのが分かります。モダニズム建築らしい大きな水平連続窓や打ち放しの壁面を備えつつも、日本の伝統建築のような躍動感と力強さが感じられます。

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ちなみに1960年代といえば、モダニズム建築に代わり、黒川紀章(くろかわきしょう)氏らによる建築運動 “メタボリズム” が展開された時代です。建築家たちは、かつての「中銀カプセルタワー」を筆頭に高度経済成長に耐えうる建物を生み出そうとしていました。ビラ・ビアンカがメタボリズムの思想から影響を受けたかは分かりませんが、団地全盛期に現れた有機的な意匠は人々を驚かせたに違いありません。

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当時より米ライフ誌や欧州雑誌に紹介される人気ぶりでしたが、その存在感は今なお衰えることなく、クリエイターや建築関係者が多く入居されているようです。とりわけ、かの蒐集家(しゅうしゅうか)・青山二郎氏が終の住み処としたことは有名で、このことからも一流の審美眼に叶う建築物であったことが窺えます。

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20年、30年先の暮らしを考えて建てられたという、ビラ・ビアンカ。竣工当時にビルトインされたキッチンやエントランスロビーは、半世紀を越えた今でも大切に使われているようです。

日本が急速に発展していった時代に取り残されることなく、それどころか年を重ねるごとにますます魅力を増していく。設計者の先見性や、住まいへの愛着心が感じられる建物でした。

ビラ・ビアンカ
住所〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2丁目33-12
駅・アクセス東京メトロ副都心線 北参道駅 徒歩8分
JR山手線 原宿駅 徒歩8分


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