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御茶ノ水》8人の怨霊を鎮め、神として祀る「湯島御霊社(ゆしまごりょうしゃ)」は、“御靈八所神社(ごりょうはっしょじんじゃ)”とも呼ばれた鎭守の社。

2016/09/05  

JR御茶ノ水駅聖橋口を出て聖橋を渡り、本郷通りを北へまっすぐ進みます。清水坂下交差点を左折し2つ目の角、二股の右側にある坂を登って、寿司屋「江戸富士」の前を通り過ぎると「湯島御霊社(ゆしまごりょうしゃ)」に到着します。

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このあたりは坂が大変多く、坂名の由来にも情緒が感じられる地域です。富士を横見することができた横見坂、傘職人が多く暮らしていた傘谷坂(からかさだにざか)など、あわせて周辺を散策してみるのも楽しいかもしれません。

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「湯島御霊社(ゆしまごりょうしゃ)」は、当時“御霊信仰(ごりょうしんこう)”が広がりはじめたころ、寛永寺 輪王寺宮の手によって京都にある「御霊社(ごりょうしゃ)」から、上野へ分霊、勧請されました。その後1710年(寶永7年)、上野で輪王寺宮の御隠殿を創ることとなり、建設予定地にあった「湯島御霊社」は旧新湯島花町に遷座します。

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早々に輪王寺宮が亡くなったことで、上野の御隠殿は廃止されます。跡地は菜園になり、大根の花が美しかったことから、「大根畑」、「御花畑」と呼ばれ親しまれるように。今の地に移った「湯島御霊社」も同じように「畑の稲荷」、「大根稲荷」と呼ばれました。

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創建時「湯島御霊神社」は「御霊八所神社(ごりょうはっしょじんじゃ)」と呼ばれました。”御霊信仰”がベースとなっており、実在した人物を祀っています。権力闘争などに敗れ、非業の死を遂げたものたちの霊を鎮め、祟りを避けるために御霊(みたま)とし、神として祀ったのが始まり。祀られているのは、崇道天皇、井上皇后、他部親王、火雷神、橘逸勢、吉備大臣、文屋宮田麻呂、藤太夫人の8人です。

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当初は災害や疫病を広める怨霊ともいえる存在だった彼ら。御霊信仰の神として広まったのは、桓武天皇が自分の策略により亡くなった崇道天皇、井上皇后の祟り(と言われている)に大きく苦しんだことがきっかけです。

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当時の神は慈悲のあるやさしい存在でなく、時に祟りとして大きな厄災をももたらす存在でした。医療、科学などが発達していない時代に、疫病、自然災害をも引き起こす強大な力を霊や神に重ね、恐れたのでしょう。今や、御霊信仰を祟りなど畏怖されるようなイメージも和らぎ、厄災を鎮めるご利益ある神社として信仰されている神社が多いようです。

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御霊信仰として珍しいのは、「輿財恵門稲荷」が合殿されているため狛犬ではなくお狐様が守護獣として構えていること。

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遷座する前の地が菜園となっていたり、御霊信仰で自然災害を鎮めていたことから、周辺の住民である旧新湯島花町の人は”五穀豊穣”のイメージが強かったのかもしれません。

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旧新湯島花町の氏神として親しまれた「御霊神社」。怨霊と稲荷など様々な要素が重なって、住民との絆を深めてきました。

今でも毎年、御霊を鎮めるための“御霊社大祭”が執り行われます。いつもは静かなこの地も少し涼しくなったお彼岸の頃は、そっと賑わうことでしょう。

湯島御霊社
住所東京都文京区湯島2-11-15
駅・アクセスJR御茶ノ水駅 徒歩10分


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