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新馬場》「江戸ぼたん」「子獅子」の繊細な彫りを持つ日本一美しい狛犬は、明治の名工・栗原 巳之吉(くりはら みのきち)作。「荏原神社(えばらじんじゃ)」で120年以上参拝客を見守り続けています。

2017/03/02  

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京浜急行本線 新馬場駅北口を左に出て直進するとほどなくして目黒川に架かる東海橋(とうかいばし)が見えてきます。橋を渡りきったすぐの歩道を左に曲がり、しばらく直進すると見えてくる赤い橋「鎮守橋(ちんじゅばし)」を渡った先に「荏原神社(えばらじんじゃ)」があります。

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荏原神社は709年(和銅2年)、大和朝廷の藤原伊勢人(ふじわらのいせんど)が奥州下向(おうしゅうげこう)の際、奈良県・丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)の御分霊として龍神・高龗神(たかおかみのかみ)を祭ったことに始まり、以後、源氏・徳川・上杉など名だたる武家の信仰を受けました。
その一人、徳川家康公は1590年(天正19年)、自身の武運長久(ぶうんちょうきゅう)を祈り御領五石(ごりょうごこく)の朱印を寄進しました。また徳川幕府2代将軍・秀忠公による“関ヶ原の戦い”、“大坂冬の陣”の戦勝祈願の参詣(さんけい)も受けています。

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御社号は古くは貴布禰(きふね)神社と称していましたが、1875年(明治8年)に「荏原神社」と改称。当時の荏原郡(品川・大田・目黒・世田谷)の中で最も由緒ある神社だったことから、その名を冠した社号になりました。

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目黒川沿いに建つ荏原神社。かつてこの辺り一帯は、目黒川に加え海辺に位置していたことから、数多くの水害に悩まされてきました。『徳川実紀(とくがわじっき)』には、1628年(享保13年)・1742年(寛保2年)・1749年(寛延2年)などに大規模な水害があり、幕府が水検分(けんぶん)の徒士(かち)を派遣し巡察させた記録が残されています。

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目黒川といえば桜の名所で有名ですが、ここ荏原神社の境内に咲く御神木の寒緋桜(かんひざくら)も、参拝客や道行く人の目を楽しませてくれる地元の名所の一つです。
夏には新緑、秋には紅葉と人々を飽きさせない風景も荏原神社の魅力の一つなのでしょう。

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寒緋桜を眺めながら手水舎でお清めをしたら、奥の社殿へと向かいます。
緑に囲まれた小さいながらもどこか重厚感を醸し出す社殿は、1844年(弘化元年)造営のもの。拝殿には、天安門(中国)や三十三間堂(京都)、日光東照宮陽明門(栃木)などに見られる東アジアの伝統的屋根形式の一つ“入母屋造(いりもやづくり)”が用いられています。

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屋根には、左右からこちらを覗き込んでいる2匹の龍が。迫力を感じる形相ですが、実は雨樋(あまどい)の役割があり屋根に溜まった雨水が龍の口から下に落ちるようになっています。

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拝殿の向拝(こうはい)にも龍の彫刻が2段に分かれ施されています。上段の龍が下方を下段の龍は上方を見つめている図。

このように水の守護神・高龗神になぞらえ社殿のいたるところに龍の彫刻があり、水害から地域を守る強い想いを感じます。

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拝殿に掲げる扁額(へんがく)は、明治維新政府の最高首脳人物の一人、太政大臣兼内閣総理大臣などを務めた三条 実美(さんじょう さねとみ)の御染筆(おせんぴつ)。
当社は皇室との関係も深く、1868年(明治元年)には明治天皇が御遷都の際に当社に御幸(みゆき)され、現在の宮中賢所(きゅうちゅうけんしょ)にあたる内侍所(ないしどころ)とされました。

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その際に御下賜(ごかし)いただいた調度品の中に皇室が代々使用してきた菊花御紋章の高張提灯(たかばりぢょうちん)があり、今日に至るまで神紋として使用しています。
本来、第2次世界大戦前まで存在した国家経営の神社である官国幣社(かんこくへいしゃ)にのみ使用が許されており、それに準じない神社が使用するのは稀なことで、それほど皇室との深い関わりがあることが伺えます。

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また、1868年(明治元年)には東京の鎮護と万民の安泰を祈る神社である准勅祭社(じゅんちょくさいしゃ)の1社に指定されました。現在では廃止され、郷社(ごうしゃ)に列せられています。

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社殿の前に鎮座する1889年(明治29年)奉納の狛犬(吽像)。明治の彫刻師 栗原 巳之吉(くりはら みのきち)の匠の技が細部まで詰め込まれており、日本一美しい狛犬と言われています。たてがみの流れの柔らかさや葉をつけた牡丹の彫り、今にも滑り落ちそうな2匹の子獅子などの、精密な造りに目を奪われてしまいます。

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境内の一角に祭られている東海七福神の恵比寿様。
1932年(昭和7年)に品川が大東京に編入された記念として指定された東海七福神は、品川区・大田区の7つの寺社に祭られている七福神の巡礼札所(じゅんれいふだしょ)です。京浜急行本線「新馬場」北口の品川神社から「大森海岸」の磐井神社(いわいじんじゃ)まで、旧東海道の七福神を巡ることができます。

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1928年(昭和3年)9月に竣工した目黒川架橋「鎮守橋(ちんじゅばし)」。
“南品川の鎮守”である荏原神社のそばにあることからこの名がつきました。神社の橋らしく左右各々に6本、計12本の橋柱には青銅製の擬宝珠(ぎぼし)が付けられています。
この“鎮守橋から新緑の荏原神社を望む”景色は品川区が実施した「しながわ百景」に選出されており、多くの人々から親しまれています。

かつては目黒川の氾濫などにより度々の水害にあってきた荏原神社。川面に映る鎮守橋を見ながら橋を渡れば、水とともに歴史を歩んできた姿が見えてくるようです。

荏原神社
住所〒140-0001東京都品川区北品川2-30-28
駅・アクセス京浜急行本線 新馬場駅 徒歩6分
Webhttp://ebarajinja.org/top.html
電話番号03-3471-3457


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