000_r

歩く見る

蔵前》織田信長が自称したとされる第六天魔王の力を恐れた豊臣秀吉は、「第六天榊神社」を総本宮とする西日本各地の第六天神社を尽く廃社にしたとされています。

2017/04/19  

都営浅草線 蔵前駅のA2出入口を出て、「江戸通り」を南へ進みます。蔵前一丁目の大きな交差点を渡り、左へ曲がります。

001_r
警視庁蔵前警察署の手前の路地を右に入り、しばらく進むと「第六天榊神社(だいろくてんさかきじんじゃ)」があります。

002_r
110年(景行天皇40年)、日本武尊(やまとたけるのみこと)が現在の関東地方にあたる東国の鎮定に赴いた際、国家鎮護を祈願して神様を祀った(まつった)ことが始まりと言われています。

003_r
第六天榊神社に祀られている御祭神(ごさいじん)は、榊皇大神(さかきのすめおおみかみ)と呼ばれ、日本神話に登場する神世七代(かみよななよ)という七代の神様のうち、六代目にあたる「オモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)」という二柱(ふたはしら)の神様のことです。

004_r
この御祭神は、神世七代の”六代目”の神様だったことから、仏教における欲界の六欲天(ろくよくてん)の最高位である第六天魔王の仮の姿だとされています。

第六天魔王を祀る神社として創建されたのが、各地に点在する第六天神社であり、第六天榊神社はその総本宮です。

005_r
第六天神社は、東日本では関東地方を中心に点在していますが、西日本ではほとんど存在しません。

これは、戦国時代に自らを第六天魔王と自称したとされている織田信長が篤く信奉していたことから、天下統一の後を継いだ豊臣秀吉が第六天魔王の力を恐れ、拠点としていた西日本の第六天神社を廃社したためと言われています。

006_r
また、明治時代には「神仏分離」「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」といった政策によって、「オモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)」への御祭神の変更や、社号の改称、合祀等が数多く行われました。

古くから「第六天神宮」と呼ばれていた第六天榊神社も、この時に「榊神社」という社号に改称されました。

007_r
入口の鳥居を抜け、境内を真っ直ぐ進むと拝殿があります。お賽銭箱や拝殿の扉には、榊神社のシンボルマークである「七曜星(しちようせい)」が描かれています。

008_r
この7つの円によって描かれた七曜星は、北斗七星のことを指しており、「四季を通じて常に夜空で輝き、人々に天の中心を示す」という意味が込められています。

009_r
境内には、繁昌稲荷神社、七福稲荷神社、豊受神社(とようけじんじゃ)、金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ)という4つの末社があり、繁昌稲荷神社のすぐそばには、「浅草文庫跡碑」という石碑が建っています。

010_r
元々この土地は、明治時代の公立図書館「浅草文庫」があった場所でした。浅草文庫は、1881年(明治4年)の移転に伴い閉館し、その後は東京職工学校(後に東京高等工業学校、現在の東京工業大学)の校地となりました。

011_r
1923年(大正12年)の関東大震災により、東京高等工業学校は場所を目黒区大岡山に移しました。震災後の区画整理の影響もあり、この工業学校跡地の一部に榊神社が移転することとなりました。

境内には、当時あった東京高等工業学校を記念し、工業教育発祥の地としての記念碑が建てられています。

012_r
創建から1900年、誰もが一度は聞いたことがある日本武尊や、織田信長が自称したと言われている第六天魔王など、神道と仏教の両方の歴史に触れることが出来る貴重な文化遺産です。

第六天榊神社
住所〒111-0051 東京都台東区蔵前1丁目4-3
駅・アクセス都営浅草線 蔵前駅2A出入口から徒歩5分
Webhttp://ryuusen.world.coocan.jp/
電話番号03-3851-1514‎


  1. このエントリーをはてなブックマークに追加
Translate »