神田明神ってどんなところ?ご利益やスポット、歴史、七夕祭りも紹介

東京都の神田・日本橋・秋葉原・大手丸の内・旧神田市場・築地魚市場ーなど108町会に渡る広範囲での総氏神様で、地域では明神さまと呼ばれて親しまれております。また、当社で行われる神田祭りは日本三大祭の一つに数えられます。

神田明神のご利益とご祭神

一之宮 大己貴命 (おおなむちのみこと)
縁結びの神様。西暦730年にご鎮座。
縁結びのほか、国土開発、医薬と医療などのご利益もあるとされております。
別名として大国主命(おおくにぬしのみこと)とも呼ばれ、島根県の出雲大社のご祭神としても有名です。

二之宮 少彦名命 (すくなひこなのみこと)
商売繁昌の神様。
商売繁昌のほか、医薬健康・開運招福などのご利益もあるとされています。
上述の大己貴命に協力して国土開発に大きな功績を残された神様です。
遠く海の向こうからいらっしゃったとても小さな神様と言われております。

三之宮 平将門命 (たいらのまさかどのみこと)
人が没したのちに神となる、いわゆる“人神”です。
除災厄除にご利益があるとされています。西暦1309年にご奉祀されました。
当社では、年中行事として将門塚例祭が行われ、御霊をお慰めしております。

歴史

奈良時代
730年、当社は出雲(現在の島根県)の氏族で大己貴命の子孫とも言われる真神田臣により、現在の東京都千代田区大手町(平将門塚近辺)に創建されました。

鎌倉時代
平安時代に平将門の乱を起こした末に敗死した平将門の首が当社付近に葬られたという伝説があります。
時は流れて、1303~8年ごろに平将門公を埋葬した場所(将門塚)の地域一帯で天変地異が度々に発生し、将門公による影響であると人々に恐れられるようになりました。
このため、時宗(鎌倉時代に興った仏教の一派)の僧侶 真教上人が手厚く将門公の霊をお慰めすることと併せて当社に神として祀りました。
戦国時代には、太田道灌や北条氏綱といった実力ある武将たちからも手厚く崇敬されたと言われております。

江戸時代
1600年の関ヶ原の戦いに際して、徳川家康公は当社で戦勝のご祈祷を行ないました。
結果、勝利を果たして天下統一をすることができ、これ以降は徳川将軍家からも厚い信仰がなされることになります。
徳川家によって江戸幕府が開かれると、幕府の尊崇する神社となり、現在の地に遷座して幕府により社殿が造営されました。以後、江戸時代を通じて総鎮守(土地全体を守る存在)として、当時の政府である幕府をはじめとして庶民にいたるまで多くの信仰を集めるに至りました。

明治時代
神社の名を“神田明神”から現在の“神田神社”に改称。
なお、明治時代の一時期、明治天皇が巡幸によってご参拝されるにあたり、天皇家の逆臣ともいえる平家 平将門がご祭神から外されたこともありました(のちに再びご祭神となっております)。

昭和時代から現在にいたるまで
関東大震災による被害で社殿が焼失するという憂き目に遭いましたが、周囲に住まう氏子をはじめ東京の人々により、復興の計画がなされ、鉄骨鉄筋コンクリートで総朱漆塗の社殿が再建されました。当時としては画期的なことでした。
後、第二次世界大戦でも大空襲により被災し、境内の建造物の多くが大いなる被害を受けました。
戦後以降は、結婚式場や明神会館といった建造物が境内に次々と再建され、江戸時代と同じく立派な神社の姿となりました。
現代では、様々なアニメの舞台ともなっており、聖地巡礼の地としての人気もあります。

伝説

神田明神を崇敬するものは、千葉県の成田山新勝寺を参拝しない方が良いとの伝説が存在しております。
その理由は、平安時代に政府的ポジションにあたる朝廷に対して当社のご祭神である平将門は反乱を起こしたという歴史がありますが、かつて新勝寺は乱の鎮圧のために護摩の儀式を行ったと言われており、それが平将門を苦しめるとされているためです。

現在(近代)の神田明神について

日本人の多くは日本古来の民族宗教である神道を案外身近にして生活していることがあります。
それは、神道が他の国の宗教よりも、人々に歩み寄る宗教であるというのが一つの理由ではないでしょうか。
特に、神田明神はその意味で人々の身近にある存在ともいえるでしょう。
人気アイドルグループAKB48の成人式の会場とし、グッズとしてお守りを販売したり、アニメとコラボしたお守りを作って販売したり、現代人に歩み寄って楽しんでいただけるような工夫がなされております。
オタク文化に歩み寄るのみではなく、秋葉原のような電気街の氏神としてIT系のお守り(パソコンのデータ保護やハッキング防止の効果)なども販売されております。
このように、由緒ある歴史を持ちながらも神田明神ほど人々に歩み寄り、身近な存在に感じられる神社はそうないでしょう。
YouTubeやInstagramといった現代的なツールで積極的な情報発信をされていることからも神田明神のすそ野の広さが感じられるところでございます。

七夕祭りについて

神田明神七夕祭は6月中旬頃から7月7日の七夕の日まで行われており、期間中短冊を結びつけ心願成就の祈願祭を斎行。

また、限定縁結びお守りというものもあり、意外と人気のイベントとなっています。
七夕の時期はいってみたいところです。

ご利益も歴史もありアニメやYoutube等様々なものを取り入れる神田明神

東京屈指のパワースポットとして多くの方が訪れる神田明神ですが、商売繁盛や仕事運、学業成就、恋愛など広くご利益がある場所として有名なほか、アニメ等でも登場することからよく知られたスポットとなっています。

1300年の歴史を持つ神田明神は秋葉原・お茶の水から歩いて行けるところにありますので、もし行ったことのない人は一度訪れてみることをおすすめします。

住所:〒101-0021 東京都千代田区外神田2-16-2
JR御茶ノ水駅聖橋口より徒歩6分
東京メトロ新御茶ノ水駅より徒歩6分
その他、末広町や秋葉原などからも歩いて行けます。